Kotobuki Roaster × Ethiopia Direct Support
皆様のご支援を直接現地にお届けします
次回渡航まで — 2028
「私はエチオピアに住む人々の笑顔が大好きだ」 — Kotobuki焙煎 田村寿之
エチオピアで伝わる「ヤギ使いのカルディのコーヒー伝説」は有名である。エチオピアでは、実に、6世紀からコーヒーが飲まれるようになりました。コーヒーが他国に広がるのは16世紀以降となるため、10世紀もの間、エチオピアで秘薬として重宝されたことになる。これが、コーヒーの起源の地と呼ばれる所以でもあります。
そして、現在でも日本の茶道に似た「コーヒーセレモニー」と呼ばれ、伝統的な淹れ方で、コーヒーを楽しむ文化が残る国です。生活は貧しくも、心が豊かなエチオピアの人々。きっと、未来の日本に手を差し伸べてくれるのは、彼らの強さと優しさだ。
コーヒー豆は「コーヒーチェリー」と呼ばれる美しい果実の種です。農園の皆様は手作業で一粒ずつ収穫します。茎を取ってしまうと次の収穫時に実ができなくなるため、チェリーだけを取る繊細で難しい作業。1本の木からとれるコーヒー豆は僅か500g(40杯)程度にしかなりません。
女性の仕事はチェリーの収穫や選別の他に「アフリカンベッド」での乾燥管理。チェリーが腐らないよう毎日3回かき混ぜ、これを30日ほど続けます。力仕事も若い女性が活躍。しかし彼女たちは、いつも笑顔と歌とダンスが欠かせない。パワフルな歌声が耳に心地よい。
男性の仕事は過酷な力仕事が多い。一袋45〜60キロもの麻袋を背負い、夜中に収穫したチェリーを精製所へ運搬。脱穀作業が完了するのは朝方になることもしばしば。標高の高いコーヒー農園の夜は7℃ほどまで気温が下がる。男たちは火をくべて暖をとる。
エチオピアでは町中のいたるところでコーヒーを飲むことができる。コーヒーセレモニーは3回のサイクルで行われ、最初のAbol、次のTona、最後のBarakaと呼ばれる。お香の香りとコーヒーの焙煎の香りが混ざり合い、なんともいえない神秘的な空間が出来上がる。
エチオピアの子供たちは本当によく働く。早朝から漁に出たり、水汲みに何キロも歩いたり。靴磨きで得られる報酬は20ブルほど(日本円で約40円)。要求額よりも多めにチップを渡してあげると、飛び上がって大喜びしてくれる。稼ぐ力は生きる力だ。
農園があるシダマ州の主食は「コチョ」と呼ばれる偽バナナの木。根や葉をそぎ落とし、発酵させて焼いて食べる。エチオピアでは農薬を使う必要がないため、全てがオーガニック。村に住む人々はお金はなくとも、すべてが自給自足な暮らしがそこにあった。
村の人々は、日本の竪穴式住居にも似たしっかりとした家に最大10人ほどで暮らしている。電気もトイレもない住居だが、エチオピアの寒暖差をしのげるほど居心地の良さを感じた。コチョなどの食材が周りに豊富にあるため、完全に自給自足が成り立っている。
シダマ州の学校にノートと鉛筆を寄付した。生徒は1,600人在学しており、州内13か所の学校で2万人を超える生徒が存在している。校長先生は「ノートと鉛筆が買えないだけで、学校に通えない子供達がいる」とおっしゃった。日本製の文具・衣類をお届けする支援も開始する。
街にも物乞いは多い。車が停車していると、気が付くと50人くらいに囲まれていることもざらにある。できるかぎり自分で働くことが難しい高齢者や障碍者に渡すことが望ましい。去る時には皆がありがとうと会釈をしてくれた。私に沢山のお金があれば、と思った。
先進国では、バリスタが我が物顔でコーヒーを淹れます。コーヒーの味のほとんどは、豆のポテンシャルで決まります。コーヒー屋のビジネスは、農園の皆様が存在するおかげで成り立っています。だからこそ、素晴らしきエチオピアの人々を支援し続けるのです。
肥料、農薬、種子、土地、労働力など、コーヒー生産に必要なコストが高くなっており、農家の収入は大きく減少しています。
コーヒー市場は生産コストよりも低い価格で買い付けることが多く、農家はコーヒーを高く売ることができません。
温暖化によって異常気象が増えており、コーヒー農家はますます困難に直面しています。収穫量の減少が農家の収入に直接響きます。
フェアトレードも認証もビジネスです。直接現地の方にそのまま対価をお支払いする形がもっとも理想的です。だから、ダイレクトトレードしかありません。
皆様のお気持ちと支援者名の一覧も現地の皆様にお届けします 2028年を目標として、店主が現地に直接手渡しします
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